北野武の映画の特徴は一種のトラウマ的衝動がうごめく世界

北野武は、黒澤明のように映画を勉強してありとあらゆる手法や発想を身に付けたのではなく、人間を見つめる目というものを浅草時代から築き上げてきていることから、北野映画の原点は人間観察であるということを重点的に、北野映画はどこが凄いのかということを解説していきます。

まず北野映画は、基本的には北野武のトラウマから成り立っている部分が多く、それは浅草時代に遭遇した理不尽な人間関係の中で生まれる軋轢と、ヤクザの存在が大きく関わっています。浅草と言う街は特殊人口密集地と言ってもいいほど、貧しく覚せい剤と女が売買され、戦後の混乱は常軌を逸していました。

北野武が浅草に移住したのが1970年代で、その頃はまだストリップ小屋が全盛を極めていましたが、そこで出会った多くの暴力的な人間交差と自己に対する、未来の希望は、一つの渦となって、脳裏に刻まれていきました。それほどに、あらゆる人間のあらゆる心理行動を分析するのには絶好の時期であったと言えます。

北野がこの間に就いた仕事は、ボーイ、実演販売員、ビルの解体工、タクシーの運転手などで、特にタクシーの運転手は北野映画にはよく出てきます。

残酷な現実とアクセント要素としての優しさはまるで夢の中

北野映画の本質は、肉体的・精神的痛さという言い方もできますが、実は必ず友情や家族愛と言った、アクセントになる人間の凶器の真裏を短いカットで挿入することにより、一種の安堵感を与えるような作りになっていて、本当は残酷なのにそうじゃないの?という一瞬の違和感を作り出すので、夢の世界にいるような気持ちにさせられます。

それはテレビの仕事で世間の注目と共に、与えられるマスコミからのバッシングとも相成って、一種のフラストレーションのようなものが形成されていきました。

そして必然的に動き出した北野映画のプロジェクトですが、始めから狂気の世界に満ちていました。まず義人が存在しません。正義と悪という二極性がなく、白黒でいえば、どす黒く、目を閉じるのも億劫になるような演出を施しました。結局16作品全てにおいて、毒を吐き散らした北野武ですが、ヨーロッパでは、それを美しいと認識されていきました。

そして第一作目においては、日本映画監督協会新人奨励賞が授与され、着々と北野の構想は、膨らみ、8年後に正式に世界標準の映画作りが始まります。しかしこれらの流れは決して単純なものではなく、北野の脳内異変とも言うべき混乱の伴った期間は続いていきます。

北野武が映画を撮り始めて25年経ちますが、早い段階からヨーロッパで高い評価を得て、それが日本人の心に到達した「アウトレイジ」まで20年の歳月を要しました。しかしその間に誕生した14本の映像作品全てがリスペクトされ、失敗作と言われるものも関係なく愛されています。… Read More


北野武がヨーロッパでの知名度を上げていく中にあって、、暴力からの脱却をはかった「監督ばんざい」は評価があいまいになってきました。「アウトレイジ」に至ってはヨーロッパ的でないという意見に替わって、アメリカで評判になるという逆説的なプラス要素で満たされています。… Read More


季節感のないショットは一つの群像を形成していき、北野武の映像作品が更に卓越した状態へと押し上げられました。しかしそれは、人から影響を受けたものではなく、北野武が生まれ持った感性と季節に対するドライな愛着が織り成す和の精神でもあり、総合的な美へと導かれました。… Read More


「キッズ・リターン」は画の枠組みを従来の映像より強固なものとして打ち出したある種、味を持った作品である事が分かります。これまで積み上げてきた技術面でのスキルの総合的なポジティブなスタンスがより一層の動きを与え、動的表現に対する成長を垣間見る事ができます。… Read More