1996年11月4日、オフィス北野にて、「HANA-BI」の第1回目のスタッフミーティングが行われた際に、北野武の説明を受けた助監督の清水浩は全体的に暗く哀しい話になっていて、フランス映画のようだったと回想していますが、実際のところ「HANA-BI」はきっちり起承転結が分かる、規則正しい構成によって全てが美しくまとめられていました。映画開始直後に主人公の西は、狂気染みた2人の若者が西の車のバンパーに腰掛け、弁当を食い漁っている所に出くわします。

西の右手が瞬時にポケットから何かを引っ張り出そうとするようなカットから始まり、次の瞬間には若者たちは、ひざを付いてうずくまっている状態へと導かれます。この早業は、「ソナチネ」のエレベーターでの銃撃戦を思わせるような、瞬間的な暴力の応酬と同目線で描かれていることから、オープニングから只ならぬ雰囲気に包まれ、緊張感が増して行き、タイトル「HANA-BI」の文字が東京のビル街を背景に浮かび上がったところで、観客の心理は、これから何が起こっていくのかという、期待感で胸が一杯になります。

画面は青いフィルムで覆われキタノブルーの強烈な色彩が更なる物語の信憑性を色濃く反映していきます。「HANA- BI」はそれまでの北野武の映画とは全く違う死への美学を持った作品で、病気で死んでいく妻がいるという設定自体、西と妻の愛情物語を軸にプロットが成り立っていくため、数々の暴力がよりリアルで、痛みを痛感できるような要素が丁寧に積み上げられていきました。

これらの発想だけでも評論家のみならず、北野フリークは、◎を付けたいところですが、「HANA-BI」には北野武が実際に描いた絵が20枚ほど投影されますが、一つの息抜きのためのアクセントとして、映画の重要な要素となっています。また初期作品の総集編ともとれる、それまでの作品の軽い言い方をすれば、美味しいところを集めたような展開と一つのビジョンによって構成されているため、バランスの面では絶妙なダーク色を出すことに成功していますし、ゼンマイ仕掛けのような緻密さがあります。

「HANA-BI」はヴェネチア、ニューヨーク、サンパウロ、ヨーロッパ全域を駆け巡り、韓国の釜山映画祭にも招待され、北野武の知名度は、世界的なものとなりました。「みんな~やってるか!」から事故を経て、「キッズ・リターン」、「HANA-BI」というライナップを見ると、北野武は映画と言う媒体を通じてリハビリを行うがごとく、自己意識を高めていることに気づきます。

「HANA-BI」の特異性として、北野映画に加わった人と人の繋がりが、季節的な情景の中で詩的に表現されている点は見逃せません。中でも桜、富士山、雪景色というように、古典的な画を映像美術として生かした点は従来の北野映画には見られない表現形態であり、新たなスキルの発達という見方もできます。そして狂気と死が迫る中の銀行強盗やそれにまつわる修理工の親父とのエピソードも味わい深いものになっています。