人物を正面からとらえる、真横からとらえるなどと言った、短絡的なカメラワークはテクニックがないと揶揄されがちですが、これらの画を繋ぎ合わせるだけの論理的志向は、最終的な画がどのようなカットとして組み立てられるのかを撮影の段階で想定していなければ、脈絡を付けることが難しくなります。北野武第1回監督作品「その男凶暴につき」は、そう言った動きの少ないフレームを多様化させてできた作品ではありますが、よりリアリティーが増すという効果を発揮し、海外では「VIOLENCE COP」として多くの映画ファン、評論家、マスコミも含めて絶賛されました。

しかし一つ足りないものとして、立体感に関する画面描写の欠如というものが指摘されており、奥行きに関するボリュームやカメラの動きから生まれる臨場感に対する映画独自の多面性を求める声は、北野武が注目されるごとに高まっていきましたし、アメリカでは「その男凶暴につき」よりも「HANA-BI」や「アウトレイジ」の方が評価が高く、抽象性よりも具体性を前面に押し出すことは、北野武にとっての課題でもあったのです。

これぞアート!と言わしめた「DOLLS」は、カメラワークの柔軟性が光っており、従来までの固定化された画はスムーズな画面の強弱によって、新たな世界観を見せ付けましたし、北野武の将来性をより具現化させました。北野武の作品群は「その男凶暴につき」から「みんな~やってるか!」までの5作品が第一章とするならば、「キッズ・リターン」から「座頭市」までが第二章というように、ストーリーの明暗のトーンダウンから「キッズ・リターン」で一気にプラス思考への転換と言う発想が軸になるという、快進撃とも言えるような変化を見せており、前衛芸術=ポップアートというとらえ方を組み入れれば、カンヌ国際映画祭などの芸術祭での評価が群を抜いたという現実も、素直に受け止められます。

「キッズ・リターン」は新人を起用して、画の枠組みを従来の映像に比べてより強固なものとして打ち出した、味を持った作品であるだけでなく、これまで積み上げてきた技術面でのスキルの総合的なポジティブなスタンスがより一層の動きを与え、動的表現に対する成長を垣間見る事ができます。そしてこの作品を皮切りに、国内外での北野武の地位はワンランク上の”特別な映画作家”という認識が浸透し、外国の記者や映画監督を招いたシンポジウムが開催され、その翌年のヴェネチア国際映画祭での受賞へと導かれました。

ただイタリアでは初期の頃から、北野武の抽象性と詩的感覚、柔軟性のあるストーリーに対する評価は高く、とくに「3-4X10月」の狂気にはらんだ独特の世界感は、評論家の間でも評判を呼び、芸術祭でも反響を呼びました。「ソナチネ」はフランスでも公開され、メディアでも大きく取り上げられた後に、キタニストと呼ばれる北野マニアまで出現しました。そこにきて「キッズ・リターン」の成功により、ヨーロッパでの評価は確固たるモノになりました。