不意に襲う突発的な衝動は、北野武の最も得意とする技ですが、これらは全て暴力的な要素に限らず、「アキレスと亀」の真知寿の車が黄色だったり、「3-4X10月」のストーリー全てが、主人公の妄想だったりと意外性に裏打ちされるプロット一つ一つが、大きな意味を成してきました。そして、最終的に男と男の軋轢が齎す皮相的な世界が繰り広げられ、死に至る事もあれば、「キッズリターン」のように明日への希望を抱いて生きるというラストシーンもあるのです。

数々の評論家が北野作品の定義を称えてきましたが、一貫して育まれる葛藤とそれを突破する強靭な精神こそが北野武の真髄であることを第一にあげ、善と悪というよりは、白と黒のコントラストこそが、全てを物語るキーワードとして取り上げられました。2000年代に入ると、北野映画に影響を受けた多くの若者が次世代の作家として、脚本を書き連ね、映画界進出を目論みましたが、評論家の目に留まることなく、時代は過ぎ去り、北野武独走態勢が、今日まで維持されてきました。

そして最も注目された北野武の観察眼は表現力の極みに達し、1993年にイタリアのタオルミナ国際映画祭で最初に絶賛され、ヨーロッパ人気に火がつきましたが、まずは人間の冷めた部分に焦点を当てていることから、青い空の下で繰り広げられた「ソナチネ」の殺戮劇は、一種の抽象的カタルシスとして、村川の自殺も含めて自然の摂理であるかのような描き方がなされました。

まず「ソナチネ」の構想自体は」非常にシンプルなもので、北野の頭の中にあったのは、空と海のイメージで、そこにヤクザが相撲をとっているという一見単純そうに見える一つの次元から、エレベーターの中での銃撃戦、ビルの爆破、村川が連れ添う幸の悲しみの表情へと発展していきます。そして即興的な演出方法は、更なる抽象的なメンタルの浮き沈みと死の臭いを抽出させていきました。しかし「ソナチネ」は日本では一週間で公開が打ち切りになり、話題にもならなかったことから、北野武の落胆はバイク事故にまで繋がると言う、皮肉めいた結果に終始しましたが、早い段階から映画マニアの間では議論となり、タランティーノの推薦作品としてアメリカでも公開されました。

では「ソナチネ」にインスピレーションを感じない一般的な感覚との温度差はどこにあったのでしょうか。これは北野武の作品に一貫して言えることですが、ヒーロー不在の中で展開される脚本に異議を唱えたがるビジネス的な目線がはびこる中において、ある種美的感覚の抹消という事態に追い込まれた感は否めません。ところが、事故後に撮った「キッズ・リターン」は、マスコミ挙げての傑作と銘打たれ、北野武=映画監督というイメージが世間に浸透していきました。「HANA-BI」がヴェネチア国際映画祭に出品された際にも、審査員はこぞって「HANA-BI」に高評価を与え、グランプリ受賞に導かれましたが、これは「キッズ・リターン」から吹いた追い風による自然な流れと言ってもいいくらいです。