1989年「その男凶暴につき」が上映されて、あの北野武がお笑い一筋で行くと思いきや、映画を撮ったということで、マスコミは活気立っていました。映画評論家はこぞって◎をつけはしましたが、大ヒット間違いなしという文句を口にすることはなく、マニアック過ぎるとか、花がないというように、こぞって玄人受けはしても、素人=一般人には通用しないという風潮が芽生え、冷たい風が吹き荒れていました。その半年後、レンタルビデオ店には”北野武第1回監督作品”という特設コーナーが設置されて、関係者はレンタル部門での巻き返しを図るべく、宣伝活動に余念がありませんでした。

結論から言うと、北野武の映画はヒーローがいない退屈な物語で、非常に滑稽な群像劇であるというレッテルを貼られました。1989年というと「わたしをスキーに連れてって」や「バック・トゥ・ザ・フューチャーⅡ」、「レインマン」など、そこにはロマンスがあり、夢があり、恋人と一緒に映画館に行くというステータスも若者の間には生まれ、爆発的なヒットを飛ばした作品が軒を連ねて、テレビでもパロディーが作られるなど、映画界全体は、邦画も洋画も活気に満ちていました。

そんな風潮もあってか、「その男凶暴につき」が陽の目を見る事はありませんでした。しかし一部の映画ファンは、すでに問題作と捉えており、ドキュメンタリータッチの画面構成から、演出手法に対する議論がなされていました。店舗よく区切られるカット割、狂気の暴発をシンプルな展開で織り成す演出方法など、研究しても解明されない、北野のセンスとスピード感溢れる、印象のプラズマも含めて、「天才なのではないか」とする北野ブームの火種はすでに存在し始めていたのです。

それでは北野武は、何を描いたのでしょうか。それは登場人物全員が愚か者であったということです。例えば劇中で、家族の誰かが犯罪に関われば、異常事態であるという描き方をしますが、北野は「あっそう」というように関心を持たないのです。それどころか、”お前のようなバカは死んだ方がいい”と北野自身が放つと言葉と言うよりも、北野が受けてきた教育や教訓がそのまま反映されていると言ってもいいぐらいです。

そのように露骨に、自己の内面を露呈することなく、ひたすら狂気に立ち向かう男の姿勢に焦点を絞って、投影していることこそが、狂気であると言えます。狂人が作った狂った映画とはまさにこのことで、ハリウッド映画だけに馴染んでいると見えるものまでも見えなくなってくるという事が証明できます。

「その男凶暴につき」は、ワンカットを長い時間でまわしていくと言う、リアリティー溢れる雰囲気を持っており、北野武ふんする我妻の歩行シーンや犯人を延々と追いかけるシーン、殺し屋がチンピラをビルの屋上で追い詰めるシーンも含めて、この映画はどこに向かっていくのだろうかという、期待感に満ちていく過程をさらに楽しめる二重構造の物語が展開していきます。